みんな、とにかく忙しい

のべな



臨床家の日々は忙しい。


何が正解か分からない臨床実践をし、何が正解か分からないままカルテや記録を書き、情報共有や連携、事務的な会議に気を使い、仕事が終われば勉強会やSVにそそくさと向かうし、帰れば本を読む。

おまけに自分の個人的な生活を営んだり、健康維持のため友達との飲み会も欠かせない。

そこで「ウチの会社来いよ」とか言われた日には、帰宅後通帳の情けなくなる数字を眺めながら本気で悩んでしまったりする。


その日も忙しかった。

7時間勤務を終え、勉強会の資料をファミマで忙しなく印刷し、味より値段で選んだ夕飯のおにぎりを買って出口に向かう。

出口の扉を忙しなく開けて出ると、背後で「あっ」という声が聞こえる。

僕の後に続き出てきたサラリーマンに閉まりかかった扉がぶつかりそうになっていた(らしい)。

「ごめんなさい」とだけ言い残してその場を去った。




こういうことって、今世の中に溢れているんですよね。

みんな、とにかく忙しい。

生きる為に自分のことで忙しいもんで、後に続く人のことはあまり目に入っていない。

扉を開けて「どうぞ」と待つ余裕があまりなくて、「そっちのことはそっちでお願いします」と各々先へ急ぐ。

(僕も含めて)そこに「悪意」はないんだけど、結果的に誰かがちょっと困ってしまったりする。



今回の公認心理師受験資格をめぐる色々な問題もそうで、案外後続は置いてけぼりをくらってちょっと困っていたりする。

臨床心理士を目指して大学院進学にチャレンジしたものの、国家資格の公認心理師なるものができて、

どうやら単位やカリキュラム上、自分は取れないらしい。

移行期間にチャレンジできるらしいが、実務経験5年縛りで12回しかチャレンジできないらしい。

チャレンジできるが、公認心理師と臨床心理士の実習時間が鬼のようにあり、修論どころじゃない。まるでブラック企業。


後に続く人達の話を聞くとちょっといや、かなり困ってる。

特に臨床心理士シングルホルダーになる人にとっては、「臨床心理士資格衰退問題」がTwitter界隈で流れたりすると、もう気が気じゃない。

全く安くない学費を奨学金という名の借金をしたり、親と交渉して捻出したのに、自分はこの業界で食っていけるか分からないらしい借金返済の日々か、田舎のお袋に合わせる顔がない、まあ何にせよつらい。



これを学生側の「確認不足」「計画性のなさだ」とか言われてしまうとさらにつらい。

やたら小競り合いと分裂を繰り返し、様々な組織が乱立するお上の状況なんて、学生からすると複雑すぎてわけがわからない。

「とりあえず指定大学院に進めば夢の心理職に就ける」ぐらいの気持ちで来たはず。

(僕もそうだったんですが

明日朝一で授業なのに朝まで飲んでしまう、それが学生のあるべき姿(は言い過ぎだけど)。


更に「資格じゃない。能力だ」と言われるのもつらい。

資格があっても結局最後は能力だというのは確かに正しい。

正しいけれど、そもそも能力を査定してくれるステージにどうやって上がるんだいという話しでもある。

それに、弱肉強食の現代社会から溢れてしまった人をサポートする職業が弱肉強食の論理を持ち込んでしまったら終わりじゃないか、とも思う。




とまあ、ここまで不満を語っといてなんですが、このストーリーは誰も悪くないんですよね。

残念ながら誰かの「悪意」でこうなったわけじゃない。

なんの解決もないし悪者も登場しない、とってもモヤモヤする記事です。笑


ただ「困っている」ことを発信しないと、みんな忙しすぎて気づいてくれない。

良くも悪くも、世の中あまり自分のことなんて気にしてくれないもんで。

ファミマの一件も、あのサラリーマンが「あっ」と言わなければ僕は何も気づかなかったわけですしね。

そして公認心理師の上に書いたような問題だって、僕は学生達と話してなければ恐らく全く無関心だったでしょう。悪意からじゃなく、忙しいから。


だから「あっ」って言うのはすごく大切なことです。

現実には恐らく大きな変化はないでしょう。

急に救済措置が取られることもないし、急にめちゃくちゃ条件の良い雇用に巡り合うこともないし、思い描いていた夢の職業とぜんぜん違う日々を生きていくことになるとは思うんですが、

でも声をあげないと、そもそも気づいてももらえないんですよね。

臨床心理士資格をちゃんと残していってほしい。

就職が不安だからサポートしてほしい。

なんにせよ発信していかないと、みんな忙しいから先に行っちゃうんです。





あ、ちなみに僕はあれからコンビニ出る時必ず後ろを確認し、人がいれば扉を開けて後ろの人に引き継ぐように心がけています。